なぜ、嫌なことが起きても「問題ない」と言えるのか。嫌なことは、自分の判断のどこを直せばいいかを教えてくれるからです。だから私は、嫌なことが起きたとき、なぜこうなったのかと原因を探すより、次にどう直すかを考えます。直す場所が一つ決まれば、次の判断が決まります。
この記事では、Xに書いた投稿の全文、起きたことを自分が選んだ結果として受け取るわけ、嫌なことが直す場所を教えてくれるということ、売上が下がったりクライアントが去ったりしたときの受け取り方、原因探しと直すことの違い、そして今日が一番いい日と言える状態を作る手順を、順番に書きます。
先日、私はXにこう書きました——嫌なことばかり起きる理由

先日、私はXに、次の文章を書きました。そのまま載せます。
なぜ、最近、私の周りでは嫌なことばかり起きるのか
理由は簡単で、嫌なところを直せば、前に進めることを知っているから。
最近、私の周りではいろんなことが起こっている。
これも全て私が望んだ結果だということも知っている。
だから、なぜ、こんなことになったのかではなく、この結果をどう変えたら次に活かせるのかばかり考えている。
嫌なことが起こるのは、嫌なことを直せば前に進むことを知っているので、嫌なことを引き寄せるほうが私は好きだ。
いいことばかり引き寄せたって、何も前には進んでいないから。
なので、少々売り上げが下がろうが、クライアントが去っていこうが、全く問題ない。
私はラッキーボーイで、人生で一番最高の日が今日だということも知っているから。
いつもの投稿とは、少し雰囲気が違うと感じた方もいると思います。今回は、ビジネスのやり方ではなく、起きたことを私が自分の内側でどう受け取っているかを書きました。この記事では、その内側の話を、本業を持ちながらコーチの仕事をしている方が、日々の仕事の判断で使える形に置き換えて書きます。
先に、二つ断っておきます。一つ目。投稿で「これも全て私が望んだ結果」と書いたのは、私が自分について書いたことです。読んでいるあなたに、嫌なことが起きたのはあなたが望んだからだ、と言うつもりはありません。二つ目。この記事は、嫌なことを直せば前に進める、と約束する話でもありません。私が書けるのは、直す場所が決まれば次の判断が決まる、同じことが起きにくくなる、というところまでです。
起きたことは、自分が選んだ結果——だから「なぜこうなった」より「どう直すか」

投稿の4行目に、私は「これも全て私が望んだ結果だということも知っている」と書きました。
望んだ、と言っても、嫌なことを願っていたという意味ではありません。仕事の中で起きることは、どれも、どこかで自分が決めたことの先にあります。誰に向けて発信するか。いくらで売るか。どんな約束をして契約するか。どのくらいの時間を仕事に使うか。一つひとつは小さな判断でも、その判断が重なった先に、今日起きていることがあります。
今の状態が自分で選んできたものの積み重ねだということは、なぜ、今の状態が「人生で一番いい状態」なのか(記事044)で書きました。その記事では、今の状態は、人生の分かれ道で、自分が「いい」と思ったものを選び続けてきた結果だ、と書いています。ここでは繰り返しません。この記事で書きたいのは、その先です。起きたことが自分の選んだ結果なら、それをどう扱うか、です。
ここで、読み方を一つ先回りしておきます。自分が選んだ結果だ、と聞くと、「全部自分のせいだ」と受け取ってしまう人がいます。真面目な人ほど、そうなります。けれど、私が言いたいのは、その反対です。自分が選んだ結果だから、自分で直せる。誰かのせいなら、その人が変わるのを待つしかありません。自分の判断の先にあるなら、次の判断を変えることができます。責めるためではなく、直す場所を決めるために、自分の判断の結果として受け取るのです。
だから投稿の5行目に、私は「なぜ、こんなことになったのかではなく、この結果をどう変えたら次に活かせるのかばかり考えている」と書きました。
嫌なことが起きたとき、私が見る場所は3つです。
- 何が起きたか
- それは、自分のどの判断から来たか
- 次に、何を直すか
一つ目は、起きたことを、起きたとおりに見ることです。気持ちを足さずに、事実だけを見ます。「最悪だ」「またか」という気持ちは、自然に出てきます。それはそれで構いません。ただ、見る場所は、気持ちではなく、起きたことです。
二つ目は、その出来事を、自分の判断までさかのぼることです。ここで探すのは、悪者ではありません。自分が決めたことのうち、どれがこの出来事につながっているか、です。さかのぼるのは、責める相手を見つけるためではなく、次に変える判断を見つけるためです。
三つ目は、次に何を直すかを決めることです。さかのぼって見つかった判断のうち、次に同じ場面が来たら変えるものを一つ決めます。ここまで来て、ようやく、嫌なことが直す材料になります。
嫌なことは、直す場所を教えてくれる——いいことばかりでは、何も直らない

投稿の2行目に、私は「嫌なところを直せば、前に進めることを知っているから」と書きました。そして7行目では、いいことばかりでは「何も前には進んでいない」とも書きました。
この記事の中心になる言葉を、ここで定義しておきます。
嫌なこととは、自分の判断のどこを直せばいいかを教えてくれる出来事のことです。
いいことが起きているとき、人は、今のやり方を見直しません。うまくいっているのだから、変える理由がないからです。それは悪いことではありません。けれど、いいことからは、どこを直せばいいかが見えてきません。直す場所を教えてくれるのは、たいてい、思った通りにいかなかったときです。
身近な例で考えてみます。車を運転していて、計器のところに、警告のランプが一つ点いたとします。気分のいいものではありません。けれど、ランプが点いたこと自体は、車がだめになったという知らせではなく、どこを見ればいいかの知らせです。ランプの上に紙を貼って見えなくしても、車の中で起きていることは変わりません。ランプを消すことを考えるより、ランプが示している場所を開けて見る。そうすれば、どこに手を入れればいいかが分かります。
嫌なことも同じです。嫌なことが起きると、つい、なかったことにしたくなります。気にしないようにする。忘れようとする。けれど、それは、ランプの上に紙を貼るのと同じです。嫌なことは、自分の判断のどこを見ればいいかを、点いて知らせてくれているのです。
このことは、昔から書いてきました。2018年に書いた自分がラッキーだということを自覚するという記事で、悪いことが起きたときの受け取り方として、「悪いところに気がついてラッキー」という言葉を書いています。
この言葉で見てほしいのは、「悪いところに気がついて」の部分です。悪いことが起きたから、悪いところに気がつけた。起きなければ、気がつかないまま、同じ判断を続けていたかもしれません。嫌なことを、気がつくきっかけとして受け取る。私の考えは、その頃から変わっていません。
ただし、嫌なことが起きただけで、何かが直るわけではありません。ランプが点いても、開けて見なければ、何も変わりません。嫌なことを直す材料にするには、受け取ったあとに、直す場所を一つ決める必要があります。その手順は、最後に書きます。
売上が下がる、クライアントが去る——それでも「問題ない」と言える理由

投稿の8行目に、私は「少々売り上げが下がろうが、クライアントが去っていこうが、全く問題ない」と書きました。
コーチの仕事をしていて、こたえる出来事の代表は、この二つだと思います。売上が下がる。クライアントが去っていく。本業を持ちながらコーチの仕事をしている方なら、なおさらです。限られた時間の中でやっている分、一つの出来事が大きく感じられます。
こういうときに起きやすいのは、慌てて大きく変えることです。売上が下がったから、値段を下げる。クライアントが去ったから、やり方を全部変える。発信の内容も、商品も、相手にする人も、一度に変えてしまう。気持ちはよく分かります。何かしないと落ち着かないからです。
けれど、一度に全部を変えると、何が合っていなかったのかが分からなくなります。変えたあとに、また思った通りにいかなかったとき、どこを見ればいいのかも分からなくなります。ランプが点いたからといって、車ごと乗り換えても、次の車で同じランプが点けば、また同じところで迷います。
私が「問題ない」と言えるのは、売上が下がったことやクライアントが去ったことを、悪い結果として見ていないからです。直す場所が一つ見えた、と受け取っています。売上が下がったなら、その前に自分がした判断のどこかに、直す場所がある。クライアントが去ったなら、契約のときの約束か、途中の関わり方か、どこかに直す場所がある。それが見えたなら、次にやることが決まります。
ここで一つ、はっきり書いておきます。クライアントが去っていったことを、去った人のせいにはしません。去った人には、去った人の事情があります。その人を悪く言っても、次の判断は何も変わりません。見るのは、自分の側の、直せる場所だけです。
個別相談800人超、セッション6,000時間超を重ねてきた今も、私は、この受け取り方を続けています。嫌なことは、今でも起きます。そのたびに、直す場所を一つ決めて、次の判断に変えてきました。
「問題ない」というのは、何も感じないという意味ではありません。売上が下がれば、私も気になります。ただ、気になったあとに、慌てて全部を変えるのか、直す場所を一つ決めるのか。その違いが、次の判断を分けます。
原因探しと、直すことは違う——原因探しは過去に向き、直すのは次に向く

投稿の5行目の後半に、私は「この結果をどう変えたら次に活かせるのか」と書きました。
嫌なことが起きたとき、まず「なぜ、こんなことになったのか」を考えるのは、自然なことです。ただ、原因探しと直すことは、似ているようで、向いている先が違います。原因探しは、起きてしまったことに向きます。直すことは、次の判断に向きます。
違いを並べると、次のようになります。
| 見るところ | 原因探し | 直すこと |
|---|---|---|
| 向いている先 | 起きてしまったこと(過去) | これからの判断(次) |
| 問い | なぜ、こんなことになったのか | この結果をどう変えたら次に活かせるのか |
| 終わり方 | 誰かや何かのせいが見つかるか、自分を責めて止まる | 次に変える判断が一つ決まって終わる |
原因探しの問いを続けていくと、たいてい、どこかで誰かや何かのせいが見つかります。世の中の流れ、お客様の事情、やり方を教えてくれた人。あるいは、自分を責める形で止まります。どちらにしても、そこで終わってしまい、次に何をすればいいかは出てきません。
直すことの問いは、次の判断を一つ決めたところで終わります。誰のせいかは、決めなくても構いません。決めるのは、次に自分が変えることだけです。先ほど、自分の判断までさかのぼる、と書きました。それも、この問いに答えるためにさかのぼるのです。
先ほどの車で言えば、原因探しは、なぜランプが点いたのかを、運転席でずっと考え続けることです。直すことは、ランプが示した場所を開けて、手を入れるところを決めることです。
ただ、直す場所は、いつも自分で見つかるとは限りません。なぜ、正しいことをやり続けているのにうまくいかないのか(記事029)では、正しいことをやり続けているのにうまくいかないのは、どこかに間違いがあるからで、その間違いは、自分が正しいと思っている場所に隠れているので、自分では見つけられない、と書きました。ここでは繰り返しません。この記事で言えるのは、嫌なことは、その見つけにくい場所に気がつくきっかけにもなる、ということです。
今日が「一番いい日」と言える状態の作り方——嫌なことを、次の判断に変える手順

投稿の最後に、私は「人生で一番最高の日が今日だということも知っているから」と書きました。
今日が一番いい日だと言えるのは、嫌なことが起きない日だからではありません。起きた嫌なことを、次の判断に変えられた日だからです。直す場所が一つ決まった日は、昨日の自分より、次の判断が一つ多く決まっています。だから、今日が一番いい日だと言えます。
そのための手順を、4つの段に分けて書きます。
- 起きたことを、そのまま書く
- それを、自分の判断の結果として受け取る
- 直す場所を、一つに決める
- それを、次の判断に変える
1段目は、起きたことをそのまま書くことです。頭の中で考えるだけだと、気持ちと事実が混ざります。紙でも、スマートフォンのメモでも構いません。「申し込みが思ったより少なかった」「契約が終わった方がいた」のように、起きたことだけを書きます。「最悪だ」「自分はだめだ」という言葉は、ここには書きません。
2段目は、それを自分の判断の結果として受け取ることです。書いたことの前に、自分がどんな判断をしていたかを並べます。何を発信したか。誰に何を約束したか。どこに時間を使ったか。ここで大事なのは、責めるために並べるのではない、ということです。自分の判断の結果だと受け取れれば、自分で変えられる場所が見えてきます。
3段目は、直す場所を一つに決めることです。並べた判断の中には、直したいところがいくつも見つかるかもしれません。けれど、一度に全部は直しません。先ほど書いたとおり、全部を一度に変えると、何が合っていなかったのかが分からなくなるからです。一つに決めて、残りは置いておきます。
4段目は、それを次の判断に変えることです。直す場所が決まったら、次に同じ場面が来たときに、どう判断するかを一文で書きます。「次の案内では、誰に向けて書くかを先に決める」「契約のときに、途中で何を確かめ合うかを伝えておく」。一文にしておけば、次の場面で迷わずに済みます。そして、次に同じ場面が来たときに、その一文のとおりに判断してみます。
この4段を終えた日は、嫌なことが起きた日であっても、直す場所が一つ決まった日です。同じことが、次は起きにくくなります。私が今日を一番いい日だと言えるのは、そういう日を重ねているからです。
よくある質問
嫌なことが続くと、落ち込んでしまいます。
落ち込むのは、自然なことです。落ち込まないようにしよう、と無理をする必要はありません。大事なのは、落ち込んだあとに、見る場所を戻すことです。気持ちが少し落ち着いたら、起きたことをそのまま書くところから始めてください。続いていると感じるときほど、一つずつ書き出してみると、同じ判断から来ているものが見つかることがあります。
全部自分のせいだと思うと、苦しくなります。
自分の判断の結果として受け取るのは、自分を責めるためではありません。直す場所を決めるためです。自分のせいだ、で止まると、苦しいだけで、次の判断は決まりません。自分の判断の先にあるなら、次の判断は自分で変えられる。そう受け取ってください。今の状態が選んできたものの積み重ねだという話は、記事044に書いています。
クライアントが去ったのは、自分の責任ですか。
責任がどこにあるかを決めることに、あまり意味はありません。去った人には、去った人の事情があります。見るのは、自分の側で、次に直せる場所です。契約のときの約束、途中の関わり方、終わり方。その中から一つ、次に変えることを決めてください。去った人を悪く言う必要も、自分を責める必要もありません。
いいことを望んではいけないのですか。
望んでいいのです。いいことが起きれば、私もうれしいです。ただ、いいことからは、どこを直せばいいかが見えにくい、ということです。いいことが起きたら、素直に受け取る。嫌なことが起きたら、直す場所として受け取る。どちらも、今日を一番いい日にする材料です。
直す場所が、自分では分からないときはどうすればいいですか。
自分では分からないこともあります。自分の判断は、自分にとっては正しく見えるからです。そういうときは、起きたことと、その前の自分の判断を書き出したものを、外の人に見てもらうのも一つの方法です。なぜ、ブレイクスルーが起きないのか(記事033)では、ブレイクスルーとは、自分が想像していなかったことを乗り越えた先で、結果が一段変わることだ、と書きました。直す場所も、自分では想像していなかったところにあることがあります。
嫌なこととは、自分の判断のどこを直せばいいかを教えてくれる出来事のことです。起きたことは、自分が選んだ結果です。だから、責める材料ではなく、直す材料になります。嫌なことが起きたら、なぜこうなったのかと原因を探すより、何が起きたか、自分のどの判断から来たか、次に何を直すかを見ます。売上が下がっても、クライアントが去っても、慌てて全部を変えずに、直す場所を一つに決めます。起きたことを書き、自分の判断の結果として受け取り、直す場所を一つに決め、次の判断に変える。そうして過ごした日は、嫌なことがあった日でも、一番いい日だと言えます。私の考え方の全体像は、マインドコーチとしてのコーチングの考え方にまとめています。
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