なぜ、正しい選択をし続けているのに、思い通りにならないのか——教わる相手も、「自分が正しい」で選んでいる

なぜ、正しい選択をし続けているのに、思い通りにならないのか——教わる相手も、「自分が正しい」で選んでいる

なぜ、正しい選択をし続けているのに、思い通りにならないのか。答えは、考え方のどこかが間違っているからです。人は、自分が正しいと思う方を選び続けています。それでも思い通りでないなら、ずれているのは選択の一つ一つではなく、選ぶときの考え方の側です。やっかいなのは、そのずれを直すために教わる相手を探すときも、同じ「自分が正しい」で選んでしまうことです。

この記事では、Xに書いた投稿の全文、教わる相手も「自分が正しい」で選んでしまう構造、当たりが少ない理由、自分の基準で選ばないための順番、そして疑問を持つところから始める理由を、順番に書きます。

目次

先日、私はXにこう書きました——なぜ、思い通りの人生になっていないのか

机で投稿を書き端に分かれ道の標識がある図

先日、私はXに、次の文章を書きました。そのまま載せます。

なぜ、思い通りの人生になっていないのか。

答えは簡単で、考え方が間違っているからです。

もし、あなたの考え方がすべて合っているとしたら、思い通りの人生になっているはずです。

なぜなら、あなたは、自分が正しいと思っている選択をし続けているからです。

普通に考えれば、あなたが何かを選択するときに、間違っている方を選びませんよね。

AとBの選択があった時、Aが正しいと思うのに、Bを選びますか?

選ばないですよね。

ということは、すべて自分が正しいと思っていることを選び続けているのに、なぜか思い通りの人生ではない、というのはおかしくないですか?ということです。

ここをおかしいと気づかないと、いつまで経っても、自分が正しいことを選び続けてしまいます。

これをおかしいと気がついた時から、正しいことを教えてもらえる人を探し始めないと、なかなか思い通りの人生を歩むことができません。

しかし、ここで大きな落とし穴があります。

なぜなら、正しいことを教えてもらう人を探すときも、「自分が正しい」と思う人を選ぶからです。

これが、9割以上の人が失敗する理由です。

自分がどこか間違っていることをやっているはずなので、正しい方法を教えてもらいたいと思うところまでは、誰でも行けるんです。

しかし、「自分が正しい」を選ぶので、教えてもらう人を間違うんです。

これが、成功することが難しい理由です。

この失敗する理由を突破する確率は、大体1割ぐらいだと思っています。

つまり、コーチやメンターを選ぶときにうまくいく確率が、1割以下だということです。

ここを理解しないと、高額塾に100万円投資したけれど失敗した、となるわけです。

10人に一人しか当たりがいないのに、一人に100万円投資しても、ほぼ当たらないわけです。

一般人は、百発百中で当たりを引こうとするから間違ってしまうのです。

このことを理解しないと、いつまで経っても、自分が思い通りの人生になることはありません。

思い通りの人生にするためには、10人に一人の当たりメンターに巡り会えるかどうかだけ、ということがわかります。

ここで当たりを引けないと、自分が間違っているところを正しくできないわけです。

間違っているところを直して、正しい選択ができるようにならなければ、思い通りの人生にならないわけです。

このことを理解しないと、なかなか思い通りの人生を歩めません。

まずは、なぜ、自分が正しいことを選び続けているのに、思い通りの人生になっていないのか、ということに疑問を持つところからです。

そこから始めないと、何も始まらないことに気づくことです。

このことをしっかり理解して、思い通りの人生を歩んでくださいね。

先に、2つ断っておきます。

1つ目。投稿は短く言い切っているので、きつく読める箇所があります。この記事は、教わる相手を外した人を責めるためのものではありません。大きなお金を払って教わったのに、思うような結果にならなかった人を、笑うつもりもありません。書くのは、どうして教わる相手を外してしまうのか、その選び方の順番の話です。

2つ目。投稿の中にある、どれくらいの人がうまくいくかという言い方や、お金の額は、投稿の言葉です。この記事の地の文では、そうした数字は使いません。また、この記事は、特定の誰かを探してください、誰かに教わってください、と勧める話でもありません。教わる相手を選ぶときの、選び方の話です。

人は、自分が正しいと思う方を、選び続けている——それなのに思い通りでないなら、考え方のどこかが間違っている

正しいと思う道を選び同じ場所へ戻る図

投稿の最初に、私は「答えは簡単で、考え方が間違っているからです。」と書きました。

いきなり間違っていると言われると、反発したくなるかもしれません。真剣に選んできたのだから、当然です。ここで言いたいのも、これまでの選び方がいい加減だった、ということではありません。

投稿では、こう問いかけました。「AとBの選択があった時、Aが正しいと思うのに、Bを選びますか?」

選ばないはずです。仕事のやり方、お金の使い方、誰と付き合うか、何を学ぶか。人は、そのときの自分が正しいと思う方を選んでいます。選択の一つ一つは、正しいつもりでしているのです。

そのうえで、投稿にはこう書きました。「ということは、すべて自分が正しいと思っていることを選び続けているのに、なぜか思い通りの人生ではない、というのはおかしくないですか?ということです。」

正しいと思う方を選び続けてきたのに、結果が思っていたものと違う。だとしたら、ずれているのは、選択の一つ一つではなく、何を正しいと感じるか、という考え方の側です。考え方がずれていれば、そこから出てくる選択は、どれも正しく感じられたまま、同じ方向にずれていきます。

しかも、ずれている本人には、そのずれが見えません。正しいと感じて選んでいるので、違和感が出るのは結果を見たときだけです。だから投稿では、結果を見て「おかしい」と気づくところを、出発点にしました。

気づかないまま、もっと頑張る。もっと正しい方を選ぼうとする。けれど、選ぶ基準がずれたままなら、頑張るほど、ずれた方向へまっすぐ進んでしまいます。努力が足りないからではありません。基準を疑わないまま選び続けると、誰でもそうなるのです。

おかしいと気づいた人は、次に、正しいことを教えてもらえる人を探し始めます。投稿にも、正しい方法を教えてもらいたいと思うところまでは、誰でも行ける、と書きました。問題は、その次にあります。

気づいた人が、次につまずく場所——教わる相手も、「自分が正しい」で選んでしまう

ずれた物差しで合う一本に丸をつける図

投稿には、「しかし、ここで大きな落とし穴があります。」と書き、「なぜなら、正しいことを教えてもらう人を探すときも、『自分が正しい』と思う人を選ぶからです。」と続けました。

教わる相手、つまりコーチやメンターを探すとき、人は何を見て選ぶでしょうか。話を聞いて、納得できる人。自分の考えに近いことを言ってくれる人。説明が分かりやすく、すっと頭に入ってくる人。こうした人に出会うと、この人は正しい、と感じます。

合う人を選ぶのは、自然なことです。誰だって、納得できる人から教わりたい。ただ、納得できる、近いことを言ってくれる、分かりやすい、という判断をしているのは、誰の、どの考え方でしょうか。

それは、今の自分の考え方です。そして、直したいのは、まさにその今の考え方でした。今の考え方で合格を出した相手は、今の自分と同じ場所に立っている可能性が高い。だから、教わっても、ずれている場所には触れてもらえないのです。分かりやすいと感じるのも、相手の話が、自分の理解の範囲に収まっているからかもしれません。

投稿では、「しかし、『自分が正しい』を選ぶので、教えてもらう人を間違うんです。」とも書きました。

ここで、この記事の中心になる言葉を定義しておきます。

「自分が正しい」で選ぶとは、今の自分の考え方に合う人を、正しい人だと判断して選ぶことです。直したいのはその考え方なのに、その考え方で相手を選んでいる、という順番の間違いのことです。

目盛りのずれた物差しで考えてみてください。正しい物差しを探そうと、何本かの物差しを並べて、手元の物差しを当てて比べる。すると、手元の目盛りとぴったり合う物差しを、正しいと判断してしまいます。同じだけずれている物差しほど、正しく見えるのです。

狂った物差しで、物差しの狂いを測ることはできません。教わる相手を自分の基準で選ぶのは、これと同じことです。選ぶ基準が、直したい考え方そのものでできているので、基準に合う相手ほど、自分と同じずれ方をしている可能性があります。

「自分の基準で選ぶ」と「間違いを直すために選ぶ」の違いを並べると、次のようになります。

考えること 自分の基準で選ぶ 間違いを直すために選ぶ
何を見て選ぶか 今の自分の考えに合うか、賛成してくれるか 自分のずれている場所に、触れてくれるか
話を聞いたときの感じ方 分かりやすく、心地よい 引っかかる、受け入れにくいところがある
選んだあとに起きること 今の考え方が強まり、同じ選択が続く 選び方そのものを、見直すきっかけになる
外したときの受け止め方 相手が悪かったと考え、次も同じ基準で探す 自分がどの基準で選んだのかを、振り返る

表の右の列は、気持ちのいいものではありません。けれど、ずれている場所に触れているなら、引っかかりが出るのは当然です。選ぶときの感じ方が、左と右で逆になるのです。

私は個別相談800人超、セッション6,000時間超の仕事をしてきました。だからこそ、ここは選んだ人を責める話ではなく、選ぶ基準の順番の話として書いておきたいのです。自分の基準で選んでしまうのは、誰にでも起きることです。真剣に探すほど、自分が正しいと感じる相手を、真剣に選ぶことになるからです。

なお、自分の知らない考え方は、自分で探しても見つからない、という話は、なぜ、スキルを学んでも自己投資しても、うまくいかない人がいるのか(記事063)で書きました。その記事では、気がつかない考え方は検索しても出てこないこと、出てきても先に読むと信用できないことを書いています。ここでは繰り返しません。この記事で書きたいのは、教わる相手を選ぶときにも、今の考え方が基準になってしまう、ということです。

当たりが少ない理由——一度で当てようとするから

大きな矢を使わず小さな矢を順に置く図

投稿には、教わる相手のうち、当たりはごく一部しかいない、という趣旨のことを書きました。投稿の中では、具体的な数字を挙げて、強い言い方をしています。

当たりが少ない理由の一つは、前の章で書いたとおりです。自分の基準で選ぶと、自分と同じずれ方をしている相手を、正しいと感じやすい。探す側の基準が、当たりを遠ざけてしまうのです。

もう一つの理由として、投稿では、百発百中で当たりを引こうとするから間違う、という趣旨のことを書きました。

当たりが少ないのに、最初に選んだ相手で当てようとすると、どうしても大きく賭けることになります。まとまったお金と時間を一度に入れ、外れたときには、入れたものが大きいぶん、受け止めるのも重くなります。

大きなお金を払って教わる場に入り、思うような結果にならなかった人を、笑うつもりはありません。真剣に変わろうとしたはずです。ただ、当たりが少ないと知らないまま、一度で当てようとした。そこに、外し方の理由があります。

当たりが少ないと分かっていれば、最初から特定の相手に大きく賭けません。短い時間、少ない額で話を聞き、教わったことをやってみる。そのうえで、この相手だと思えたら、本命に時間とお金を使う。

小さく確かめるのは、相手を疑うためではなく、自分の基準で選んでいないかを確かめるためです。心地よいだけで、ずれに何も触れてこないのか。居心地は悪いけれど、引っかかるところがあるのか。その違いは、聞いて選ぶ段階より、やってみる段階の方が見えやすいのです。

ここで、はっきり書いておきます。小さく確かめれば、当たりに会える、というわけではありません。言えるのは、小さく確かめていれば、外したときに、同じ外し方を大きく繰り返さずに済む、ということです。

当たりの少ないものを小さく分けて試す、という考え方は、なぜ、お金をかけずにビジネスをすると、うまくいかないのか(記事060)で、ビジネスにお金を使う話として書きました。その記事では、当たりは少ないので小さく分けて試し、当たったものに集中すること、そして生活費とは別に「溶かしてもいいお金」を先に作ることを書いています。ここでは繰り返しません。この記事で言いたいのは、教わる相手を選ぶときにも、一度で当てようとしない方がいい、ということです。

自分の基準で選ばないために——合う人ではなく、自分の間違いを指摘してくれる人

ずれた帽子を相手に静かに指摘される図

投稿には、「ここで当たりを引けないと、自分が間違っているところを正しくできないわけです。」と書き、「間違っているところを直して、正しい選択ができるようにならなければ、思い通りの人生にならないわけです。」と続けました。

教わる相手に求めるのは、自分が間違っているところに気づかせてもらうことです。そう考えると、選ぶときに見るものが変わります。合う人かどうか、ではありません。自分の間違いを、指摘してくれる人かどうかです。

自分の意見に賛成してくれる人と話すのは、心地よいものです。けれど、賛成されているあいだ、直したい考え方はそのまま残ります。賛成は、今の考え方を強めることはあっても、ずれを直すことはないからです。

反対に、嫌なことを言われる相手もいます。言われた瞬間、むっとする。そんなはずはない、と思う。その引っかかりは、ずれている場所に触れているしるしかもしれません。もちろん、嫌なことを言う人が、いつも正しいわけではありません。ただ、嫌なことを言うという理由だけで候補から外していると、ずれている場所に触れてくれる相手を、最初に外してしまうことになります。

自分の基準で選ばないための順番を並べると、次のようになります。

  1. 自分がどんな基準で「正しい」と感じているかを書き出す
  2. その基準が、今うまくいっていない考え方と同じでないかを確かめる
  3. 自分の意見に反対する人、嫌なことを言う人を、候補から外していないかを見る
  4. 選んだら、教わった通りに一度やってみてから判断する

1つ目は、書き出すことです。この人は正しいと感じたとき、何がそう感じさせたのか。分かりやすかったのか、自分の考えと同じだったのか、雰囲気が好きだったのか。書き出すと、自分が何を見て選んでいるのかが見えてきます。

2つ目は、確かめることです。書き出した基準を、今うまくいっていないことと並べてみます。うまくいっていない選択をしてきたときと、同じ基準で教わる相手を選んでいないか。同じだとしたら、その基準で選んだ相手は、同じ場所に立っている可能性があります。

3つ目は、外した候補を見直すことです。話を聞いて、なんとなく嫌だった相手。自分のやり方を否定された気がした相手。そうした相手を、中身を聞く前に外していないか。嫌だったという気持ちと、言われた中身が当たっているかどうかは、別に見ます。

4つ目は、やってみてから判断することです。教わったことを、最初から自分の考えで手直しすると、その時点で今の基準に戻ってしまいます。そのままやってみるのは、教わったことを正解として固めるためではなく、自分の基準を外して試すためです。

やってみて、うまくいかなかったところを自分で考えて直す話は、なぜ、自己啓発を学んでも、うまくいかないのか(記事068)で書きました。その記事では、語られているのは教える人の今の立ち位置であること、うまくいかなかったあとに答えを探しに行くのか、自分で考えて直すのかが分かれ道になることを書いています。ここでは繰り返しません。この記事で言いたいのは、教わる前の、相手を選ぶ段階で、自分の基準が入り込む、ということです。

また、自分よりレベルの高い人に時間を分けてもらう話は、なぜ、自分よりレベルの高い人と仲良くなれないのか(記事071)で書きました。その記事では、相手の時間をお金で買うのがいちばん簡単だということを書いています。ここでは繰り返しません。

まずは、疑問を持つところから——正しい選択をしてきたのに、なぜ思い通りでないのか

立ち止まり頭上に疑問の吹き出しが浮かぶ図

投稿の終わりに、私は、まず疑問を持つことから始める、という趣旨のことを書き、「そこから始めないと、何も始まらないことに気づくことです。」と続けました。

疑問を持つ、と聞くと、自分を否定するように感じるかもしれません。これまでの選択は間違いだった、と認めることのように思える。けれど、ここで言う疑問は、自分を否定することではありません。選ぶ基準を、一度外から見ることです。

これまでの選択は、そのときの自分が正しいと思って選んだもので、責められることではありません。ただ、結果が思い通りでないなら、その基準を机の上に出して眺めてみる。基準が見えないまま選ぶのと、見えたうえで選ぶのとでは、同じ選択でも意味が変わります。

疑問は、相手を選ぶ前に持つものです。探し始めてからでは、もう自分の基準で選びかけています。

疑問を持つための問いを、3つ挙げておきます。

  • 自分が正しいと思って選んだことは、どんな結果になったか
  • 教わる相手を、どんな基準で正しいと感じたか
  • 自分の意見に反対された相手を、どう扱ったか

1つ目は、結果を見る問いです。正しいと思って選んだことが、思った通りの結果になっているか。なっていないものがあれば、そこが、考え方のずれが出ている場所の候補です。

2つ目は、基準を見る問いです。これまで教わってきた相手、教わろうとした相手を思い出して、何を見て正しいと感じたのかを振り返ります。前の章の書き出しと同じことを、過去に向けてやってみるのです。

3つ目は、反対への向き合い方を見る問いです。反対されたとき、その相手から離れたのか、言われた中身を確かめたのか。離れたことが多いなら、ずれに触れてくれる相手を、自分から遠ざけてきたのかもしれません。

この3つに答えたからといって、教わる相手を外さなくなる、とは言えません。それでも、自分の基準で選んでいると気づくだけで、選び方は変わります。それで当たるとは言えませんが、同じ外し方を繰り返すことは減ります。

よくある質問

教わる相手を、どう見分ければいいですか。

見分け方を、ここで言い切ることはしません。見分けているのも、また今の自分の考え方だからです。まずは、自分がどんな基準で相手を正しいと感じているのかに、気づくところまでです。やってみたあとに自分で考えて直す話は、上で紹介した記事068に書いています。

すでに大きなお金を払って、外してしまいました。

責められることではありません。外したことは、自分がどんな基準で相手を選ぶのかが分かった材料になります。そのときの相手を、何を見て正しいと感じたのかを書き出して、次は同じ基準で選ばない。払ったものは戻りませんが、選び方を見直す手がかりは残ります。

自分に合う人の方が、続けられるのではないですか。

続けやすいのは、その通りです。ただ、合うというのは、今の考え方に合う、ということかもしれません。直したいのが今の考え方なら、合う相手のもとで続けても、ずれはそのまま残ります。続けやすさと、ずれに触れてもらえるかどうかは、分けて見てください。

反対されると、やる気がなくなります。

その気持ちは、分かります。そのうえで、気持ちと判断を分けてみてください。落ち込むのは気持ちで、言われた中身がずれている場所に触れているかどうかは判断です。気持ちが落ち着いてから、中身だけを見直す。それで十分です。

「自分が正しい」で選ぶとは、今の自分の考え方に合う人を、正しい人だと判断して選ぶことです。直したいのはその考え方なのに、その考え方で相手を選んでいる、という順番の間違いのことです。正しいと思う方を選び続けても思い通りでないなら、ずれているのは考え方の側です。そして、そのずれを直すために教わる相手を探すときも、同じ考え方で選んでしまう。狂った物差しで、物差しの狂いは測れません。当たりは少ないので、一度で当てようとせず、小さく確かめる。合う人だけでなく、自分の間違いを指摘してくれる人を、候補から外さない。まずは、なぜ、自分が正しいことを選び続けているのに、思い通りの人生になっていないのか、ということに疑問を持つところから。そこからです。私の考え方の全体像は、マインドコーチとしてのコーチングの考え方にまとめています。

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この記事を書いた人

株式会社マインドコーチ 代表取締役 安達慎一

本業を続けながらコーチングを仕事にしたい方に、商品づくりと販売の道筋を支援しています。個別相談800人超・セッション6,000時間超。

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