なぜ、自己啓発を学んでも、うまくいかないのか。理由は、教わった考え方を、そのまま使おうとするからです。語られているのは、教える人の今の立ち位置からの話で、そこに来るまでの途中でどう直してきたかは、ほとんど語られません。だから分かれ道は、教わったとおりにやって、うまくいかなかったあとにあります。答えをまた探しに行くか、どこで止まったかを自分で考えて直すか、です。
この記事では、Xに書いた投稿の全文、教わった考え方がそのままでは使えない理由、学ぶのが早い時期と方法を疑う時期、語られない途中のこと、うまくいかなかったあとの分かれ道、そして間違いを直せる力が学びを自分のものにすることを、順番に書きます。
先日、私はXにこう書きました——なぜ、自己啓発を学んでも、うまくいかないのか

先日、私はXに、次の文章を書きました。そのまま載せます。
なぜ、自己啓発を学んでもうまくいかないのか。
理由は簡単で、他人に教えてもらって成功しようとするからです。
確かに、自己啓発は成功者の考え方を学べます。
しかし、成功者の考え方を学ぶということこそが、すでに成功者のポジショントークだということに気がつかなければなりません。
当然ですが、全く知らないなら最初は学んだ方が結果が早いです。
しかし、これも1年も学んで結果が出ないとしたら、学んだ方法は何かが間違っていると思った方がいいです。
特に、自己啓発のセミナーや講演会に行ってメモを取る人は、間違いなく成功できません。
教えてもらったことを忠実にやってもできないからです。
セミナーや講演会に行っても、全てを話してくれるわけではありません。
そこに行くまでに、失敗もたくさんあったはずですが、それもほとんど言いません。
言うのは、今の立ち位置のことです。
つまり、失敗したことや苦労したことは話してくれないので、私たちがそれを真似しようとしても直せません。
だから、うまくいきません。
教えてもらったことをやってみて、失敗して、自分で考えて直して、また失敗しての繰り返しができるかどうか。
ほとんどの人は、失敗したら、これをどうしたらいいのか、またこの答えを探します。
自分で考えません。
だから、うまくいかないんです。
考えたことは、間違っている可能性が高いです。
しかし、この間違いを直せる力を身につけないと、成功しないのです。
このことを身につけないと、自己啓発の泥沼から抜け出せなくなりますよ。
▼コーチングビジネス流れ診断(まずアンケート・無料)の申込は、固定ポストのリンクから。
先に、2つ断っておきます。
1つ目。投稿は短く言い切っているので、きつく読めるところがあります。特に、セミナーや講演会でメモを取る人について書いたところです。この記事は、学ぶ人や、メモを取る人を責めるためのものではありません。自己啓発の本やセミナー、そこで話している人を批判するものでもありません。書くのは、学んだあとに何が起きて、どこで分かれるのか、です。
2つ目。投稿の中にある数字や言い切りは、投稿の言葉としてそのまま載せています。この記事の地の文では、期間の数字は使いません。言い切りも、言える範囲までにとどめます。
理由は、教わった考え方を、そのまま使おうとするから——語られているのは、その人の今の立ち位置

投稿には、自己啓発でうまくいかない理由を、他人に教えてもらってうまくいこうとするから、という趣旨で書きました。
ここで言いたいのは、人から教わること自体が悪い、ということではありません。教わった考え方を、自分の手元でそのまま使えると思ってしまうところに、ずれがある、ということです。
自己啓発の本やセミナーでは、うまくいった人が、自分の考え方を話してくれます。何を大事にしているか。物事をどう見ているか。どれも、その人が実際に使っている考え方です。うそを言っているわけではありません。
ただ、その考え方は、その人の今の立ち位置から語られています。投稿でも、うまくいった人の考え方を学ぶということ自体が、すでにその人の立場からの話なのだと気づかなければいけない、という趣旨のことを書きました。
今の立ち位置とは、うまくいったあとの場所のことです。お客様がいて、仕事が回っていて、自分のやり方が定まっている。その場所に立っている人の目から見た考え方が、話の中身になります。
語る側が悪いのではありません。人は、今いる場所から話すしかないからです。そして、語る側も、そこに来るまでの途中で、何をどう直してきたのかを、細かくは覚えていないことがあります。うまくいったあとの考え方は、本人にとっては、今の自分の考え方そのものです。途中の形は、もう手元に残っていません。
一方、教わる側が立っているのは、その途中のどこかです。まだお客様がいないかもしれない。やり方も決まっていない。そこに、うまくいったあとの考え方をそのまま持ち込むと、合わないところが出てきます。考え方が間違っているのではなく、立っている場所が違うのです。
投稿には、「教えてもらったことを忠実にやってもできないからです。」と書きました。忠実にやっても、できない。それは、やる人の力が足りないからではありません。教わったものが、別の場所から語られたものだからです。
教えた人と自分とでは、立っている条件が違う、という話は、なぜ、高額商品を買っても結果が出ないのか(記事047)で書きました。その記事では、教えた人がうまくいったときと、自分が今やるときとでは、条件が違う、と書いています。ここでは、その中身は繰り返しません。この記事で見ておきたいのは、違いがあると分かったあとの動き方です。
最初は学んだ方が早い——でも、学んだのに結果が出ないなら、方法を疑う時期

では、学ばない方がいいのか。そうではありません。投稿にも、「当然ですが、全く知らないなら最初は学んだ方が結果が早いです。」と書きました。
何も知らないところから、全部を自分で考えて始めるのは、時間がかかります。最初は、すでにうまくいった人の考え方を知って、それに沿ってやってみる方が早い。何を大事にすればいいのか、どこから手をつければいいのか、の見当がつくからです。
大事なのは、その先です。投稿には、学んでしばらくたっても結果が出ないなら、学んだ方法のどこかが間違っていると思った方がいい、という趣旨のことを書きました。
学んで、やってみて、一定の期間がたった。それでも結果が出ていない。そのときは、もっと学ぶ時期ではなく、方法を疑う時期に入っています。同じような考え方を、別の本や別のセミナーで聞き直しても、立っている場所が違うことは変わらないからです。
方法を疑う時期と、疑ったあとの順番については、なぜ、うまくいっていないのに、今の方法に固執するのか(記事059)で書きました。その記事では、結果が出ていないことは、自分の頑張りが足りないという意味ではなく、方法のどこかがずれているという知らせだ、と書いています。見直す期限を先に決めておくことも、あちらに書きました。ここでは繰り返しません。
この記事で書き足したいのは、方法を疑うときに、何を手がかりにするか、です。手がかりは、新しく学ぶ考え方の中にはありません。自分が教わったとおりにやってみて、止まった場面の中にあります。その場面がなぜ教えた人の話に出てこないのかを、次の章で書きます。
教わる側に届かないもの——途中でどう直したかは、語られない

投稿には、「セミナーや講演会に行っても、全てを話してくれるわけではありません。」と書きました。
全部を話さないのは、隠しているからではありません。決まった時間の中で話せることには、限りがあります。聞く側にとって分かりやすく、すぐに役に立つことから話そうとすれば、今の考え方と、今のやり方が中心になります。投稿にも、「言うのは、今の立ち位置のことです。」と書きました。
その分、話から抜け落ちやすいものがあります。そこに来るまでの途中のことです。投稿には、途中ではうまくいかなかったこともたくさんあったはずだが、それもほとんど言わない、という趣旨のことを書きました。
語られやすいことと、語られにくいことを並べると、次のようになります。
| 話の中身 | 語られやすいこと | 語られにくいこと |
|---|---|---|
| 今のやり方・考え方 | 今うまくいっている形と、その考え方 | その形になる前は、どんな形だったか |
| 途中で止まった場面 | 「大変な時期もありました」というひと言 | どの作業の、どこで手が止まったか |
| そこをどう直したか | 直したあとの、今の形 | 何を疑い、何を変えて、もう一度試したか |
| 試した回数と、かかった時間 | 「続けてきました」というまとめ | 何度試して、どれだけ間を置いて、また試したか |
表の真ん中の列は、話を聞けば手に入ります。右の列は、話の中には、ほとんど出てきません。そして、教わったとおりにやって止まったときに役に立つのは、右の列の方です。
投稿には、うまくいかなかったことや苦労したことは話してくれないので、それを真似しようとしても直せない、という趣旨のことを書きました。真似できるのは、真ん中の列だけです。右の列は、聞いていないので、真似のしようがありません。だから、教わったとおりにやって止まったとき、その場面を直すための手がかりは、教わった中には入っていません。投稿の言葉で言えば、「だから、うまくいきません。」です。
教わる中に入っていないものがある、という話は、ほかの記事でも書きました。なぜ、やり方を教えてもうまくいかないのか(記事050)では、教える人の当たり前はやり方の中に入っておらず、できないところを直接見てもらって初めて埋まる、と書いています。なぜ、同じ講座を受けても、うまくいく人とそうでない人に分かれるのか(記事067)では、同じカリキュラムを受けても、受け取れる量は人によって違い、誰もがどこかでつまずく、と書きました。どちらも、ここでは繰り返しません。この記事で見ておきたいのは、語られなかった途中は、聞いて手に入るものではなく、自分でやって止まったところから作っていくものだ、ということです。
分かれ道は、うまくいかなかったあと——答えを探しに行くか、自分で考えて直すか

投稿には、教えてもらったことをやってみて、うまくいかなくて、自分で考えて直して、またうまくいかなくて、という繰り返しができるかどうか、という趣旨のことを書きました。
ここが分かれ道です。教わったとおりにやってみて、途中で止まる。ここまでは、誰にでも起きます。止まること自体は、特別なことではありません。分かれるのは、止まったあとです。
止まったときに、まず浮かぶのは、「どうしたらいいのか」という問いです。そして、その答えを探しに行きます。別の本を開く。別の動画を見る。別のセミナーに行く。投稿には、うまくいかなかったときに、どうしたらいいのかという答えをまた探しに行く、と書き、「自分で考えません。」と続けました。
答えを探しに行くこと自体は、自然なことです。止まったら、誰かに聞きたくなります。ただ、探しに行った先で見つかるのは、たいてい、また誰かの今の立ち位置からの話です。前の章で書いたとおり、そこには、途中でどう直したかは、ほとんど入っていません。だから、探しても、自分が止まった場面にぴったり合う答えは、なかなか見つかりません。見つからないので、また探す。こうして、同じところを回り続けることになります。
もう一つの向きは、止まった場面を、自分で考えて直すことです。この記事で言う直す力を、ここで言葉にしておきます。
直す力とは、教わったとおりにやって止まったとき、答えを外に探しに行く前に、どこで止まったかを自分で見つけて、仮説を立てて試し直せる力のことです。
自転車に乗れるようになったときのことを、思い出してみてください。ペダルのこぎ方、ハンドルの持ち方、前を見ること。教わったとおりにこいでも、最初は転びます。転んだあと、右に傾いたのか、左に傾いたのか、こぐのが遅すぎたのか。それを自分の体で感じて、次は少し直してこいでみる。また転ぶ。また直す。そうしているうちに、乗れるようになります。転ばないコツを本で探し続けても、自転車には乗れるようになりません。乗れるようになるのは、転んだあとに、自分で傾きを感じて直してきたからです。
学んだことを使うときも、同じです。順番にすると、次の3つになります。
- 教わったとおりにやってみる
- 止まった場面を書き出す
- 自分で仮説を立てて直してみる
1つ目は、教わったとおりにやってみることです。最初から自分流に変えてしまうと、教わったことのどこで止まったのかが分からなくなります。まずは、教わったとおりにやります。
2つ目は、止まった場面を書き出すことです。「うまくいかない」というひとまとまりのままでは、直すところが見つかりません。何をしようとして、どこで手が止まったのか。止まる直前に、何を考えていたのか。自転車で言えば、どちらに傾いたのかを確かめるところです。
3つ目は、自分で仮説を立てて直してみることです。「ここをこう変えたら、止まらずに進めるのではないか」と、自分で一つ考えて、試します。当たっているかどうかは、試してみるまで分かりません。外れたら、また書き出して、別の仮説を立てます。
答えを探しに行くと、2つ目と3つ目を飛ばして、外にある答えを持ってくることになります。けれど、外にある答えは、自分が止まった場面を見て作られたものではありません。自分が止まった場面をいちばんよく知っているのは、止まった本人です。
私は個別相談800人超、セッション6,000時間超の仕事をしてきました。それでも、相手の代わりに転んで、相手の代わりに傾きを感じることはできません。止まった場面を一緒に見ることはできても、仮説を立てて試し直すのは、手を動かしている本人です。
直す回数を重ねた人の中からしか、うまくいく人は出ません。言えるのは、そこまでです。直せばうまくいく、とは言えません。けれど、直さないまま答えを探し続けていると、止まった場面は、止まったまま残ります。
考えたことは、間違っていていい——間違いを直せる力が、学んだことを自分のものにする

投稿には、「考えたことは、間違っている可能性が高いです。」と書きました。
自分で考えた仮説は、たいてい外れます。初めてのことを考えているのですから、当たり前です。外れるのが怖くて、考える前に答えを探しに行きたくなる気持ちも、よく分かります。
けれど、間違っていていいのです。大事なのは、最初の仮説が当たることではなく、外れたあとに、どこが外れたのかを見て、また直せることです。投稿には、この間違いを直せる力を身につけないと、という趣旨のことを書きました。考えて、外れて、直す。この繰り返しの中で、教わった考え方が、少しずつ自分の場所に合った形に変わっていきます。
教わったものは、教えた人の今の立ち位置から語られたものでした。それを、自分の立ち位置で使える形にしていくのは、自分で直した回数です。直す力がないと、学んだことは、いつまでも教えた人のもののままで、自分のものになりません。投稿の最後に書いたことを言い換えるなら、直す力が身につかないうちは、学んでも学んでも、同じところを回り続ける、ということです。
答えを探しに行く前に確かめることは、次の3つです。
- どこで止まったかを、自分の言葉で言えるか
- 止まった理由について、自分の仮説を一つ持っているか
- その仮説を、一度でも試してみたか
1つ目は、どこで止まったかを、自分の言葉で言えるかどうかです。言えないなら、探しに行く前に、止まった場面を書き出すところに戻ります。
2つ目は、止まった理由について、自分の仮説を一つ持っているかどうかです。合っていなくて構いません。仮説がないまま答えを探すと、見つけた答えが自分の場面に合うかどうかを、比べようがありません。
3つ目は、その仮説を、一度でも試してみたかどうかです。試していなければ、外れたかどうかも分かりません。試して外れたなら、直すための材料が一つ増えた、ということです。
3つとも確かめて、それでも分からないときに、人に聞きます。そのときも、答えをもらうのではなく、止まった場面と自分の仮説を見せて、直し方を一緒に考えてもらいます。止まった場面を一緒に見てくれる人がいると、自分では気づきにくい止まり方が、早く見つかることがあります。聞く相手にお願いできるのは、そこです。
直してみる一歩をどこまで小さくすればいいか、という話は、なぜ、「やればいい」と言われても動けないのか(記事061)で書きました。その記事では、動けないのは次に何をするかが決まっていないからで、動けるようになるまで行動を細かくする、と書いています。ここでは繰り返しません。
最後に、一つだけ返しておきます。あなたがコーチとして、教える側に立つときも、同じことが起きます。あなたが話す考え方も、あなたの今の立ち位置から語られたものです。クライアントは、それを受け取って、やってみて、どこかで止まります。そのとき、すぐに答えを渡すのではなく、どこで止まったのか、どんな仮説を持っているのかを一緒に見る。クライアントが止まったあとに、自分で直す回数を増やす関わりになっているかどうか。教える側に立ったときにも、そこを確かめてみてください。
よくある質問
自己啓発の本やセミナーは、受けない方がいいのですか。
受けない方がいい、ということではありません。何も知らないところから始めるなら、最初は学んだ方が早いです。大事なのは、学んだあとです。教わったとおりにやって止まったときに、また別の答えを探しに行くのか、止まった場面を自分で考えて直すのか。分かれるのは、そこです。
学んだとおりにやっているのに、止まってしまいます。
止まること自体は、特別なことではありません。まず、止まった場面を書き出してみてください。何をしようとして、どこで手が止まったのか。どこで止まったかを自分の言葉で言えるようになるまでは、新しい答えを探しに行かないことです。場所が分かれば、そこについて自分の仮説を一つ立てて、試してみられます。
自分で考えると、間違えそうで怖いです。
間違えて構いません。初めてのことについて考えた仮説は、外れることの方が多いものです。大事なのは当てることではなく、外れたあとに、どこが外れたのかを見て、また直せることです。自転車も、転んで、傾きを感じて、直して、を繰り返して乗れるようになったはずです。
セミナーでメモを取るのは、やめた方がいいのですか。
メモを取るのは、悪いことではありません。聞いたことを書き留めておけば、あとでやってみるときの手がかりになります。投稿で言いたかったのは、メモを取ることではなく、そのあとのことです。メモしたことを、教わったとおりにやってみたか。止まったときに、自分で考えて直してみたか。メモが自分のものになるのは、そこからです。
直す力とは、教わったとおりにやって止まったとき、答えを外に探しに行く前に、どこで止まったかを自分で見つけて、仮説を立てて試し直せる力のことです。自己啓発で語られる考え方は、教える人の今の立ち位置からの話で、そこに来るまでの途中でどう直してきたかは、ほとんど語られません。最初は学んだ方が早い。けれど、学んでしばらくたっても結果が出ないなら、方法を疑う時期です。分かれ道は、教わったとおりにやって、うまくいかなかったあとにあります。答えをまた探しに行く前に、止まった場面を書き出し、自分で仮説を立てて、直してみてください。考えたことは、間違っていていい。間違いを直せる力が、学んだことを自分のものにします。私の考え方の全体像は、マインドコーチとしてのコーチングの考え方にまとめています。
この記事を読んで、自分のビジネスがどこで止まっているのかを確かめたい方へ。コーチングを仕事にする流れを、ビジネスモデル・ビジネスマインド・集客・セールス・コンセプトの5つに分けて、どこで流れが止まっているかを見つける「コーチングビジネス流れ診断」をやっています。アンケートに答えると改善点レポートが届き、最初のセッションに費用はかかりません。
→ コーチングビジネス流れ診断(まずアンケート・無料)

